理事長 原 昌広

 

プロフィール

理事長 原 昌広(はら まさひろ)

【趣味】

  • マンガを読むこと(メインの趣味、雑食)
  • ゲーム(FPS,RPG,パズル、格闘)
  • 読書(少しだけ、年に10冊程度)
  • 料理
  • 食べること(プロ並み)

【担当科目】

  • 理事長
  • カウンセリング
  • ゲーム
  • マンガ
  • 高校・大学受験

【経歴】

  • 倉敷市立新田中学校卒業
  • 岡山県立倉敷南高等学校卒業
  • 国立 九州大学教育学部 教育経営学専攻 卒業

【活動実績】

  • 2005年4月~2006年3月クラーク国際高等学校福岡校の不登校クラスにてメンタルサポーターを担当。
  • 2005年10月~2008年5月エイム・エイドを創業し、不登校の訪問支援、大学受験対策を指導。
  • 2011年1月不登校レスキュー隊を創業し、不登校の訪問支援を開始。
  • 2012年2月NPO法人ステップを設立、理事長に就任。
  • 2012年4月~2013年3月岡山県美作市柵原中学校でスクールカウンセラーを担当。
  • 2014年4月~2015年3月 岡山県スクールソーシャルワーカーで倉敷地区を担当。
  • 2005年4月~2006年3月栄光学院(高卒認定予備校)にて講師を担当。

生徒のみなさんへ

私は、生徒のみなさんの「不登校になんてならなければ良かった」という言葉がとても苦手です。
不登校は「これ以上は耐えられない!」という気持ちからなると思っています。
それが周りの大人に怠けだと言われ、ゲーム依存だと言われようが、です。
その状況と自分の力を変えることで、状況は変わります。
しかもスパッと変わります。楽しくて不安の少ない人生に変わることができます。
ぜひステップの支援を受けてください。楽しい人生が待っています。

保護者様へ

不登校は誰のせいでもありません。強いて言うなら本人を含めて関係者全員に均等に責任があると考えています。
不登校は誰の手によっても救うことができ、逆に一人の力では子どもを不登校にすることはできません。

先生の伝えたいこと~支援編~

ステップでの支援の方針は、一人ひとりに本当に合った支援計画を作る、ということです。
一人ひとり何もかも違う生徒たちを同じ支援方法で効率的になんて自立することはできません。
本人が社会で安定できるポジションや、そのために必要な力も違います。
だから、その生徒ひとりのためだけのオーダーメイドされた専門家による支援プログラムを作ります。
支援の方針は、一人ひとりに本当に合った支援計画を作る、ということです。
一人ひとり何もかも違う生徒たちを同じ支援方法で効率的になんて自立することはできません。
本人が社会で安定できるポジションや、そのために必要な力も違います。
だから、その生徒ひとりのためだけのオーダーメイドされた専門家による支援プログラムを作ります。

支援のモットーは、4つあります。
まず、楽しく楽に、ということです。
不登校の状態は、一度安定しています。
辛かった学校という場から解放されて一旦落ち着いている状態ともいえます。
なので、生徒の心は、不登校支援を受けようとはしません。
そこで支援が楽しくなるように工夫して行っています。
また、不登校の状態はすでにしんどいので、さらに負担のかかる支援をしてしまうと、支援を受けてくれないばかりか、途中で受けてくれなくなります。
一度やめてしまうと、不登校支援が再開するまで、数か月かかり、長期化の原因にもなります。
なので、できるだけ高い効果のある支援が楽にできるように工夫しています。
例えば、ただ走るだけでは楽しくありません。
なのでステップではテレビがついたランニングマシンのある大きなお風呂屋さんに行き、走って露天風呂に入って帰ったりします。

次に、確実に早く、ということです。
難しいのは本人の力を伸ばす事です。生徒ひとりひとりの性格や考え方、状況、特性、養育環境などが何もかも違うからです。
しかも不登校支援に時間はあまりありません。
時間をかけると学校に行っている同級生たちとの差が大きくなっていくからです。
だから、不登校支援は、早く、そして確実に支援の結果を出す必要があるのです。
そのためには、不登校支援の専門家による計画と対応によって、効率の良い支援方法づくりと、成功率高くなる工夫が必要です。
ステップでは数多くの生徒とご家族の不登校からの脱出をサポートしてきました。
そのノウハウによって、支援期間を短く、確実に効果がでるように知恵を絞って計画して支援しています。
つまり不登校の専門家による、生徒ひとりひとりに合わせたプログラムがあれば、不登校からの脱出は、楽しくて楽に、そして早くて確実になるのです。

【先生の一歩踏み出したステップエピソード】

不登校・ひきこもり体験

小学3~6年生と、高校2年生の2回不登校を経験しています。
小学3年生のときの不登校の原因は家族関係がメインのストレスでした。
他にも、クラス替えでクラスで孤立したり、正義感が強すぎる性格や、担任が体罰教員だったりと、様々な要因がありました。
高校2年生の時の不登校も、進路の事、勉強しないこと、クラスの人間関係のこと、遊びのこと、様々な原因が交わり、不登校になりました。
2回の不登校は再発という訳ではなく、それぞれ別の原因で別タイプの不登校でした。
完全復帰後に別の原因で不登校になったのです。
高校2年生はあと1日休んだら留年という状態で進級できました。
今思えば、この2回の不登校のおかげで生徒のほとんどの困りごとを経験しています。

ステップができるまで

私が不登校だった当時は、不登校の解決方法は一般的ではなく、手探りの支援でした。
適応指導教室に行くために2年かかり、適応指導教室に通い始めてからさらに2年弱の時間がかかりました。
学校に行けばいい、ということは分かってはいるものの、どうしたらいいか分からず、また、どれから始めればいいか、分かりませんでした。

「不登校問題を解決したい」と思うようになったのが、高校2年生の秋ごろの担任との面談でのことでした。
担任の先生に「学部選びは、今までの人生で困ったことや興味があることから選べばいい」と言われ、
思ったことが不登校問題の解決に携わりたい、ということでした。
そのため、日本の教育システムを勉強したくて、教育経営学のある大学を選び、教育の仕組みを学びました。
また、心理学もたくさん学びました。
大学2年生の冬休みに、学会の後の飲み会で名誉教授に話を聞いてもらいました。
「学校文化はそう簡単には変わらない。不登校解決の仕組みを作りたいならば、学校を変えようとしてはダメだ」と教わました。
それならば、自分で不登校支援団体を作り、最高の技術を開発して、それを一般化させようと決意しました。
大学4年生の時に、不登校支援団体イム・エイドを創業し、不登校の訪問支援と、予備校をしました。
生徒たちはどんどん元気になっていくのですが、生徒募集ができずに、2年半で廃業しました。
その後、3年間社会人経験を積み、再度創業したのがステップです。