おはようございます。
NPO法人ステップの原です。
今日は、先日、不登校になったばかりの保護者の方とお話しして、思っていたことがあります。
メンタルの限界
NPO法人ステップでは、普段は、「どうにかして不登校を回避するルートは無いか」「不登校からなるはやで回復するルートは無いか」と考えています。
先日、岡山市の不登校になったばかりの保護者さんとお話ししている時に、「これは、一旦、不登校にならざるを得ない、、、」と思いました。
ご本人の様子をお聞きしていると、メンタル系の病気になる寸前なのです。
- 元気な時とふさぎこんでいる時が交互に来る
- 余裕がないのか、暴れる(暴れて自己主張する)
- 何かにのめりこもうとする(動画やゲームなど)
- 眠りが浅い
そんな様子でした。
この様子を、メディア依存(動画やゲームへ依存状態)と、お母さんは思われていたようです。
でも、ちょっと違和感がありました。
確かに、ゲームも動画も、たくさん利用しているのですが、そんなに依存という感じではなかったのです。
依存の場合、もっとゲームやメディアに関連することでストレス反応が起きます。
でも、このケースはそうではありませんでした。
おそらく、メンタルの限界が来ていたんだと思います。
日常は楽しいか?
お母さんのお話をお聞きしていると、母子ともに日常がしんどそうでした。
(不登校になる寸前の時期の日常です)
ゲームの時間制限でバトルして、
動画の視聴時間がでバトル、
宿題をさせるためにバトルして、
寝させるためにバトル。
そんな状態でした。
本人は、お母さんに怒られながら、必死に遊んでいるように推察しました。
この子の日常を楽しくしてあげたい。と思いました。
長期的メリットのための注意
日常の子どもへの注意って、
- ゲーム依存になりそう
- 朝起きれなそう
- 宿題しなかったら勉強が分からなくなる
- 不登校になるかも
などの、「お母さんにとっての何かのマイナス要素」を回避したり予防したりするために、注意していると私は考えています。
これは、長期的に「そうなりそう」「そうなったら嫌だ」と思うことですね。
(ゲーム依存にすぐにでもなりそう、既になっている、という場合には別の対策が必要なので、それはまた別途ブログに書きますね)
これ自体は、とても普通のことなのですが、
子どもの生活がその対策で埋まってしまうと、なかなか日常が楽しくなくなってしまいます。
人間は、もっとくだらないことも好きなのです。
良い大人になるためだけには、生きていません。
だから、もっと日常は緩やかで大丈夫です。
一時的に勉強できなくても、本人がしたいことをさせてあげて欲しいです。
勉強は、日常の幸福度が高ければ、案外なんとかなります。
勉強は余裕がある人の遊び
昔の哲学者の誰かが、「勉強(学び)は生活にゆとりがある人の遊びである」と表現しました。
私もそう思います。
ストレス負荷が高いとき、生徒は決して勉強してくれません。
逆に、時間的な余裕があり、ストレスが低い時、本屋さんに行くだけで学びたいことが出てきます。
質問しないといけないことはこれだけです。
- 「それは、どんな感じで面白そうなの?」
その後、あいづちを打っておけば、勉強する子になります。
せっかく不登校になったので、日常に余裕を作るところから始めて見るのはどうでしょう。
それは、諦めでも、見守りでもありません。
戦略的に不登校を回復させる一手目になります。
NPO法人ステップ 原