Blog

不登校で「見守りましょう」と言われたけど、本当にそれでいいの?

こんばんは。NPO法人ステップの原です。
今週も不登校のご対応、本当にお疲れ様でした。(書いているのが金曜日です)

今日は、「見守りましょう」という言葉について考えてみたいと思います。
この相談、本当によくいただきます。

(この記事は、専門家の方々の意見を否定するわけではなく、ステップの考え方です。)

「見守る」の先が見えない

スクールカウンセラーや相談窓口で
「今はお子さんのペースを大切に。見守りましょう」と言われた方は、かなり多いと思います。

この言葉や方針、それ自体は間違いではないんです。
不登校の初期段階では、お子さんの心身が消耗しきっていることが多いので、まず休息が必要です。
この初期に無理に登校させると、かえって状態が悪化することもあります。

問題は、長引くこと

問題は、「見守りましょう」のまま、何ヶ月も何年も過ぎてしまうケースです。
最近は、このご相談が一番多いです。
(ほとんどそうかもしれません。)

見守っている間に、本人には変化が起きています。

  • 学習の遅れが少しずつ広がっていく
  • 自分の将来は暗いと考え、自己肯定感が下がってしまう
  • 同世代との接点がなくなって、社会性を育てる機会が減る

※自力で立ち上がれる子とそうでない子には、違いがあります。
(別の記事で後日書きます。)

その結果、本人の中で「もう戻れないかも」という気持ちが固まっていく。

「見守る」と「何もしない」は違うはずなんですが、
具体的な次の手がないまま見守り続けると、結果として同じことが起きてしまうことがあります。

不登校の初期の段階で、本人が回復するために必要なことは、ストレスが減ることであって、優しい親ではありません。

なぜ「見守る」しか言えなくなるのか

道はあるが先が見えない 不登校 中学生 高校生 解決 岡山市

ここには構造的な理由があると思っています。

不登校の本質を「学校に行かないこと」と捉えると、対策は「学校に行けるようにすること」になります。
でも、無理に行かせるわけにもいかない。
だから「本人が自分で動き出すのを待ちましょう」となる。

これは「何をすればいいか分からないから、待つしかない」という状態に近いんですね。

ステップはココが違う

ステップでは、不登校の本質を「その子個人の生き悩み」と捉えています。

この視点があると、やることが変わります。

まず、その子の生き悩みが何なのかを見極める。
次に、段階に応じた具体的な対策を考える。
そしてゴールに向かって、一つずつ進めていく。

だから、本人も積極的に取り組んでくれる、やるべきことがたくさんあります。

▲ゲームしながら不登校のことを雑談する様子

もう一つの罠:成功体験

もう一つの罠があります。
それは、ご本人と保護者、先生方の成功体験です。

さみだれ登校(不登校の前兆期)の時期には、本人の困っていることを解決していく対策が必要です。
たとえば、

  • 送迎してあげる
  • 授業で辛かったことを聞き、先生に相談する

関係者全員が、この時期に「本人の困っていることを手伝って、解決してあげれば、なんとか学校に行き続けられる」という成功体験を持ちます。

そこで、本人のストレスが限界突破して完全不登校になっても、
「困っていることを手伝えば、また行けるようになるはず」と、本人を含めて関係者全員が思っている状況が完成します。

だから、完全に休むようになったとき、方針変更が難しいのです。

初期には「見守り」が必要

再度言いますが、「見守る」時期は必要な場合があります。
でも、休息の次の段階では、具体的なアクションが必要になります。

「見守りましょう」と言われて、なんとなく不安を感じている方。
その不安は、もしかすると正しいのかもしれません。

📞 お問い合わせはこちら → [電話番号・LINE・お問い合わせフォーム]