おはようございます。
NPO法人ステップの原です。
先日、私の娘が膝の手術をしたため、お見舞いに行き、色々と考えます。
今日は、少しデリケートな話をします。
不登校のお子さんが「自分は病気かもしれない」と感じること。
それが、実は心を守っていることがある、というお話です。
理想と現実のギャップが、人を追い詰める
人間は、理想を追い求めます。
でも、それを叶えられる完璧な生き物ではありません。
これはまさに生き悩みの原因です。
この、「もっとこう生きたい」という理想を叶えられないとき、
人は強いストレスを受けてしまいます。
- もっと成績を上げたい、だけど、できない。
- もっと友達と関わりたい、だけど、できない。
こういう状態が続くと、「全部自分のせいだ」という考えに飲み込まれそうになります。
「病気かもしれない」が防波堤になる
このとき、生徒自身が「自分は病気な気がする」と思うことで、メンタルを守っていることがあります。
これは人類の正常な防衛反応です。
そんなふうに思うことで、
- 少しだけ「自分自身の努力が足りないからだ」と思わなくて済む
- 少しだけ「理想の自分に近づけなくても仕方ない」と思える
という効果があります。
病気が、本人のメンタルを守る防波堤になっているわけです。

「病気じゃない」と言われたとき、何が起きるか
ここに、見落とされやすい落とし穴があります。
病院に行き、「病気じゃない」「発達の問題もない」と言われてしまった場合、
この防波堤は一気に崩れます。
今までの全てが自分の責任になって、津波のように押し寄せてくる。
「病気じゃないなら、やっぱり自分がダメなだけだ。」
「頑張れないのは、自分のせいだ。」
診断がつかないことが、かえって本人を追い詰めることがあるんです。
曖昧なままにしておくのも、一つの手

だから、無理に白黒つけなくてもいい、とステップでは考えています。
- 「病気かどうか」を確定させることが、今のお子さんにとって本当に必要なのか。
- それとも、その答えが出ることで、かえって追い詰められるのか。
- 病気だと分かることで、本人が受けられるメリットは何か。
そんな風に考えています。
ここは、慎重に考える必要があります。
大切なのは、病名がつくかどうかではなくて、
その子が何にしんどさを感じていて、どうすれば楽になれるか。
どうせ後で病院に行きたがる
1か月以上長期化した不登校の場合限定ですが、
後期になり、本人が主体的に社会復帰を目指した時、
不登校の最初の頃には、防衛反応だった、
「自分は病気かもしれない」と感じること、
それが、解決すべき対象になります。
前向きに社会復帰を目指すと、病気は直した方が良いです。
「自分は病気かもしれない」と感じた内容を、医療に解決を求めます。
虫歯を直すのと同じレベルで、普通に病院に行きます。
本人が必要だと思ったら、ある日「病院行きたいんだけど」と言ってきます。
でも、それは、前向きに社会復帰を目指してからです。
ここでも、診断名はあくまで手がかりの一つです。
ステップでは、診断があってもなくても、その子の「生き悩み」全体に向き合います。

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